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コスタリカ共和国

 国名: コスタリカ共和国
 政体: 共和制
 面積: 約51,100ku
 人口: 4,000,000人(2003年)
 首都: サン・ホセ
 宗教: 主にカトリック
 公用語: スペイン語
 通貨: コロン(415コロン=US $1.00/2004年)
 日本との時差: –15時間

 1502 コロンブス大西洋岸に上陸。
     したたるような緑の海岸線にちなんでCosta Rica(豊かな海岸)と命名した。
 1821 スペインより独立。コスタリカ最初の憲法発布。
 1823 中米連邦共和国に加盟。
 1838 中米連邦を脱退。
 1843 コスタリカ最初の大学の設立。
 1848 コスタリカ「共和国」の正式宣言
 1882 死刑制度の廃止
 1886 初等教育の義務化および無償化宣言
 1889 初めての民主選挙の実施 11月7日はコスタリカに民主主義が確立した日とされている。
 1935 日本との外交樹立
 1941 第二次世界大戦により日本との国交一時中断
 1948 軍隊の廃止
 1949 現在の憲法に改正。初等教育に加え中等教育も無償化
 1952 日本との外交再開
 1969 憲法の一部改正により大統領の再選禁止
 1983 永世中立を宣言
 1987 中米和平への提言。オスカル・アリアス・サンチェス大統領がノーベル平和賞を受賞
 1992 リオ・デ・ジャネイロにて開催の国連環境開発会議にてコスタリカに地球理事会を
     設置することを決定

自然の楽園

火山と山岳

 コスタリカの中央を火山が連なる山脈が走っています。北部の活火山の山脈であるコルディエラ・ボルカニカ・グアナカステでは、アレナル火山から噴出する溶岩の光と音による壮大な夜間のショーを見ることができます。中央高原を横切る山脈にはポアス、バルバ、イラス、トゥリアルバの火山が連なり、数多くの観光客がその威容に圧倒されてきました。

 南には、コスタリカ最高峰の標高3,821メートルのチリポ山を含む非火山系のタラマンカ山脈がそびえています。標高、気候、地理などの条件が揃っているので、この山脈では数千年前と同じ環境が守られています。

アレナル火山

雲霧林と熱帯雨林

 コスタリカの山岳や火山は霧と雲におおわれています。湿った地表が藻や苔や地衣類でおおわれているため、ランやアナナス、シダ、無数の珍しい植物が根をおろす格好の場所になっています。
 コスタリカの丘陵地帯や低地には、無数の動植物が生息する熱帯雨林が広がり、まだ発見されていない動植物も少なくありません。一部の地域の熱帯雨林のなかは鬱蒼と樹木が生い茂っているため、森の地面にまで到達する光はごくわずかです。そのため、草はまばらにしか生えていません。森のなかを歩くと、不思議な体験を味わうことができます。

熱帯雨林

河川と海岸線

 多くの川がコスタリカの傾斜地を流れ、全長100キロを超える川も少なくありません。カリブ海側のレベンタソン・パルシミナ川は全長145キロで、ワイルド・アドベンチャーやスポーツが楽しめます。太平洋側では、全長135キロのテンピスケ川がニコヤ湾へ注いでいます。テンピスケ地域の湿地、小川、河口域は、多くの種類の野鳥が巣作りする場所であり、また渡り鳥の自然保護区となっています。

 航行可能な水路と湖沼から成る全長100キロを超える水上交通網として知られるトルトゥゲーロ運河は、カリブ海の海岸線より内陸側にあって、海から隔絶されています。

 全長1,200キロ以上に及ぶ太平洋岸は、広々としたビーチや半島、入江、島々が点在する海が広がる海域など多彩な景観を見せてくれます。

 美しい海岸線や小島が点在する海が広がるニコヤ半島には、年間に何万人もの旅行者が訪れます。太平洋岸の沖合500キロに浮かぶココ島は、財宝が隠されているという伝説で知られています。その財宝とは実は、島内および周辺海域内の動植物なのです。


気候

 コスタリカは穏やかな気候に恵まれ、常春の国とも呼ばれています。平均気温は高原で21℃、低地で20℃台後半から30℃台半ばまでの範囲で、年間を通じてあまり差がありません。

 降雨量は、コスタリカの太平洋側では年間を通じて一定のパターンが見られます。11月から4月にかけてが乾季、5月から10月にかけてが雨季です。雨期はスコールに見舞われ、朝は明るく晴れわたり、夜間は涼しく、晴れています。 しかし、カリブ海側では7月と12月をピークに一年中雨が多く、太平洋側のようなシーズンによる変化は大きくありません。

国立公園と自然保護区

 コスタリカは、世界で最も生物学的に豊かな国のひとつです。コスタリカは、過去数十年間に絶滅の危機に瀕している種を救うための模範的な自然保護制度を整え、国立生物多様化研究所を設立して同国の動植物の目録作成や調査を行ってきました。

 コスタリカの自然遺産を最も如実に物語っているのは、その多様な動植物です。コスタリカは地球の全地表のわずか3.4%しか占めていませんが、地球全体の動植物の約5%がコスタリカで発見されています。

 10,000ku当りの動物種の数を測定すると、コスタリカが615種で世界で最も多様な動物が生息しています。これはルワンダの596種、パナマの581種を上回ります。また、鳥類だけとってみても、850種近くが確認されており、その数は、米国、カナダ、メキシコ北部半分を合わせた全域で発見された数を上回っています。さらにコスタリカは、209種の哺乳動物、218種の爬虫類と160種の両生類、1,239種の蝶、少なくとも450種の蛾などの生息地でもあります。

 植物界でも、コスタリカでは1,300種以上のランが発見されており、これは世界のランの種類の10%に相当します。さらに、コスタリカには、約9,000種の顕花植物が生息しています。

 それらは、他に例を見ないコスタリカの国立公園および自然保護区制度のもとで保護されています。実に、国土の 33%が自然保護地区に指定されており、その割合は世界最高を誇っています。

 自然保護地区は生態学者や生物学者にとっての楽園といわれ、絶滅の危機に瀕している植物や動物を含む極めて多様な生物を育むとともに、現存する生息地を原始の状態で自然のままに保存しているのです。多くのボランティアはウミガメを保護する活動を行っています。ボランティアやそれを支える制度のおかげで、旅行者は、ウミガメが浜辺にあがってきて卵を産み落とす貴重な光景を目の当たりにし、時空間を超越した自然の驚異を体験することができます。自然保護区で旅行者は、息をのむような景観はもちろんのこと、様々なスポーツやレジャーを楽しむこともできます。

 地域開発や経済成長との調和のとれた自然保護のモデルとしてコスタリカがよく引き合いに出されますが、このことは少しも不思議ではありません。

文化


コスタリカ人

 国民もまた、コスタリカの財宝です。愛情をこめてコスタリカ人を呼ぶ際にティコス(Ticos)という言葉が使われます。ティコス達は気さくで、思いやりがあり、客のもてなしがよいことを誇りにしています。

 コスタリカの全人口4,000,000人の 96%がスペイン人の子孫です(原住民との混血を含む)。

 クリストファー・コロンブスが大西洋岸に足を踏み入れた1502年に、コスタリカには30〜50万人の原住民が住んでいました。1520年頃から、家族で移住してきたスペイン人入植者によって、コスタリカは植民地化されました。

 最初の入植者の協力と忍耐を信条とするライフスタイルは、コスタリカ人に団結という考え方を根づかせました。協力し合うということを抜きに、コスタリカ人を語ることはできません。その一方で、個人の能力や尊厳を重んじることも忘れられてはいません。

  あらゆる人間の尊厳を重んじることが、コスタリカ人の国民性といえます。1823年に奴隷制度が廃止され、1859年を最後に死刑が執行されておらず、1882年に死刑が正式に廃止されました。

 1949年には女性に参政権が与えられました。

教育と福祉

 コスタリカ人は、優れた教育及び医療制度を備えた文化的な民主主義社会に強い自負を持っています。

 コスタリカは長年にわたって、国家予算のかなりの部分を国民の知識と健康の向上のためにふりむけてきました。これが健康で高い教育を受けた国民の増加につながっています。コスタリカの識字率と平均寿命は、西欧諸国に近いものとなっています。コスタリカの社会医療制度が確立されてから、ほぼ半世紀が経ちます。

 
美しい海岸

教育

 1843年にはコスタリカ初の大学が創立されました。国の負担による義務教育制が設けられたのは1886年の教育制度改革の時です。現在、児童は9年生まで義務教育を受けており、その後、3分の1の生徒が大学に進みます。コスタリカの教育制度のおかげで、識字率は全人口の94%に達しています。

福祉

 コスタリカの平均寿命は72〜75歳であり、中南米ではひときわ高い平均寿命となっています。その一因として、行き届いた医療制度を挙げることができます。予防医学をはじめとする医療サービスの普及は、農村部、都市部ともに高い水準に達しています。

 ユニセフの年次刊行物によると、コスタリカの幼児死亡率は1.18%と極めて低い水準にあります。

 コスタリカ政府は、西暦2000年までにこの割合を1.00%に引き下げる努力をしています。国連によると、コスタリカは発展途上国のなかで最も福祉水準が進んでいると言われています。

文化遺産

 19世紀に行われた教育の普及努力のおかげで、コスタリカでは世界に誇れる文化水準の向上が見られました。サン・ホセにある国立劇場は国民の豊かな文化性を表す象徴でもあります。これはパリのオペラ座を模して造られ、その内部は大理石の階段、ベネチアンミラーをあしらった内装、天井にはフレスコ画、とまるでヨーロッパにでもいるような錯覚に陥るほどです。それが、国民の強い誇りでもあり、コスタリカ文化のシンボルとなっています。

国立劇場

 サンホセには数多くの博物館があります。黄金博物館には、コロンブス時代以前にさかのぼる精巧な黄金の工芸品が展示されています。コスタリカ国立博物館、コスタリカ美術館、ひすい博物館の展示品も必見です。

−在日コスタリカ大使館提供

コスタリカコーヒーの様々な風味
Instituto del Café de Costa Rica

 コスタリカコーヒー協会(ICAFE)は、正式に1933年に設立されました。国内のコーヒー活動の管理機関として、コーヒー産業を構成しているそれぞれの関連機関の調整、農家に対する技術や科学的なサポートおよび、コスタリカコーヒーの販売を推進しています。 コスタリカは高山気候の上品なコーヒーを生産します。高品質であることから、ミックスせずにストレートでお召し上がり下さい。ユニークな味を賞味することが出来ます。

 当国の品種、「アラビカ」の特徴は上品な味と深い香りです。品質の開発は進んでおり、木は耐性強いが、コーヒーの実はとても敏感です。コスタリカのコーヒー、あなたのコスタリカのコーヒーを、それぞれの地域を旅して楽しみ味わいください。

様々なエコシステム、特徴 コスタリカのコーヒー7地域

西渓谷
  大西洋のプンタレーナス沿いにある西渓谷では、牛車が輸出のコーヒーを運ぶ風景がよく見えました。ここの農民は丘 をなだらかに起伏しながら、コスタリカ第一の生産者となり、収穫が5ヶ月も続きます。特徴は少し酸味のある味と用途が広いことです。

中央渓谷

 歴代生産地の中央地域はポアス火山とバルバ火山がそびえ立ちます。火山性の土を栽培する農家は、深い香りで、濃い炒りのあうコーヒー豆を収穫します。

タラス
  このけわしい高山地帯にあるコーヒーの栽培はこの世紀の後半から独立的に農民が開拓しました。

  コーヒーの木は、タラスの高山の傾斜地に繁茂しているので、実はほぼ同じ時期に均一的に成熟するため、遅い収穫は摘み手や加工者に人気があります。酸味とこくがカップを風味でいっぱいにします。

オロシ
 400年前からスペイン人植民に永遠の緑の楽園として好まれたこの地域は、定期的な雨と山々に囲まれていることから、最適な気候と肥沃な土地に恵まれています。特徴は均一なサイズの豆とこくのある味です。

トゥリアルバ
なだらかに起伏する丘
 コーヒー、マカダミアナッツとサトウキビが栽培されています。19世紀に鉄道が建築されたときに移住した、イギリス人とスコットランド人の子孫が主に栽培しています。このコーヒーの収穫の時期は少しはやめで、最もイタリアで好まれています。この新品種のアラビカの特徴は成熟がはやいことと、くちあたりのよい味にあります。

トレス・リオス
 コスタリカのボルドー地域は、二世紀にわたってコーヒーを栽培しています。 トレス・リオスの農民は親から子にコーヒーの栽培と加工技術が伝統的に継がれています。その結果として、きめ細かくバランスされた、熱くも冷たくも、味のバランスを保つコーヒーが生産されます。

ブルンカ
  コスタリカで最も若いコーヒー地区は、パン・アメリカン高速道路からパナマの国境まで続きます。近代的な農園から小さいフィンカス(小スケール農家)まで、ブルンカ地区の南に移民したイタリア人の子孫もコーヒー栽培に携わっています。収穫はじめのコーヒーは、外国産のコーヒーと調和しやすいことから、日本やヨーロッパで好まれています。


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