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チリ

チリの基本データ

 正式国名: チリ共和国

 面積: 756,096ku(大陸部チリ)

 延長: 4,329ku

 幅(平均): 177ku

 公式言語: スペイン語

 輸出品: 銅、鉄、セルロース、ワイン、生鮮果物、工業製品、水産品、林産品

 国内総生産: 75,000百万ドル

 

 チュンガラ湖とパリナコタ山

チリの政治

 チリにおける本格的な民主制度は1831年に始まった。その後民主制度の伝統を長く保ち、中断したのはわずかな件数にとどまった。最後に民主制が中断されたのは1973年のことであったが、この状態も市民による国民投票により終焉を遂げた。大半の国民は自由を大切にし、選挙に基づく政治を望んでいることを改めて表明したのである。1989年以降は中道左派の連立政権が続いており、リカルド・ラゴス・エスコバル現大統領ならびに前任の大統領と、3代にわたり同政権が選出した。

チリの経済・通商政策

 チリのように国内市場が限られている国が経済成長率、雇用水準、技術革新及び資源の効果的配分を持続させるには積極的に国際貿易に参入する必要がある。チリは国の輸出入業者に法的・経済的保障を提供するだけでなく多角的かつ柔軟に世界に参入することを目指すと同時に世界、地域、2国間の統合プロセスにも積極的に加わろうとしている。そのためにいわゆる「開かれた地域主義」のもとに掲げている国際経済戦略では3つの大きな手段または補完的方法を柱としている。

1. 自発的な開放。20年以上以前から適用している。
2. 多国間貿易交渉。チリは積極的に参加している。
3. 2国間または地域間のレベルで交渉する開放。90年代初頭から精力的にこの手段を用い、更に拡大している。

モアイ像

 現在有効な貿易協定をもとに算出するとチリの輸出品が参入できる市場は8億5800万人の規模となる。米国、韓国並びにEFTAとの協定が今後数ヶ月以内に批准され、発効すればチリ製品の潜在的購買人口は11億8900万人に達する。

 世界の専門機関が実施する様々な評価において得た秀れた結果がチリの経済政策が成功していることを証明している。

1. リスク

 米国のInstitutional Investor誌は昨年世界上位の経済国のひとつとしてチリを取り上げた。政治的リスク、経済発展、債務の額と構造、主権分類と銀行の貸付へのアクセス度、短期融資並びに資本市場の活動などの基準を勘案すると世界151ヶ国中32位である。

2. 競争力

 IMDが作成する競争力年次報告書2002年版は新興国のなかでチリをシンガポール、香港に続き3位に位置づけている。この報告書はチリの強みは外国企業に対する差別が無いこと、国家が経済に殆ど介入しないこと、電力・電気通信の料金が低いこと、並びに生活の質が高いこと、である。また、IMDは「政治」部門でもチリが高い評価を得ていることを強調している。中央政府の債務が低水準にあることと国家補助金が無いことが際立っている。

3. ビジネスのコスト

 EIUが行った比較報告は世界全体のオペレーションコストを比較しているが、チリは世界有数の競争力を持っている。この比較をする際労働コスト、法人税、汚職の認識、事務所や工場の賃貸料、電気通信や道路輸送のコストが勘案される。

4. 透明性と誠実さ

 Transparency Internationalが作成した腐敗の認識指数によるとチリは世界第18位で、ドイツや米国と肩を並べている。新興国のなかではシンガポールと香港についで第3位である。一方PricewaterhouseCoopersは腐敗、法制、経済政策、会計規則や規制枠などビジネスの透明性(不透明性指数)を測る種々のパラメーターに照らしてビジネスをする上で世界一透明性が高いのはシンガポール、それに米国とチリが2位で並び、英国が3位であるとしている。

5. 接続性

 2002年にEconomist Intelligence Unitが e-readinessと称するランク付けを作成した。これは電子商取引(eビジネス)の時代に入るにあたり世界主要市場の評価水準を測定したものである。この評価によればチリは世界第29位であり、新興国中第7位である。

6. 経済の自由度

 米国のHeritage Foundationが算定した2002年経済自由度指数ではチリは合計155ヶ国中第9位で、ラテンアメリカでは1位である。

2国間関係

  チリと日本の正式な国交は1897年に調印された通商友好条約で端緒を開き、1世紀以上に及ぶ。1890年にはチリは既に日本に初の総領事館を開設していたが、条約締結ののち初の大使が東京に赴任し、1899年に明治天皇に信任状を奉呈した。

  政治面では19世紀末チリ政府が日本に軍艦エスメラルダを譲ったことをきっかけに、良好な関係が構築されていった。改めて「いずみ」と命名されたエスメラルダは対馬沖海戦で目覚しい活躍をした。 

  政治面での交流は順調に続けられ、1943年に中断したものの、50年代始めに再開した。その後1959年には岸信介首相が、1996年には橋本龍太郎首相、と2人の総理大臣がチリを訪問した。一方チリからはパトリシオ・エイルウィン、エドゥアルド・フレイ、リカルド・ラゴス各大統領が訪日した。ちなみにエイルウィン大統領は1992年に、フレイ大統領は1994年、1995年及び1997年に、そしてラゴス大統領は2003年2月に来日した。

 

  経済・貿易については1920年代に航路が設けられ、1905年から硝石を輸出していたものの右肩上がりの拡大が続いたのはここ数十年のことだ。チリは日本から大量の移民を受け入れたことがない国であるのでこの状況は非常に意義深い。主な要因は日本を中心とする太平洋を志向する、というチリの決意にある。また、日本の民間部門がチリに投資する決定を下したことやチリの企業家たちが日本のパートナーと長期にわたる絆を構築しようと決心したことも重要な要因である。

ラゴス大統領

  チリは日本と活発で多角的で緊密な関係を保っている。政治・文化・社会が安定し、経済も堅固であることからチリは日本から多額の投資を受入れ、信頼できる貿易相手国となった。将来においてもこうした関係は更に発展していくと考えられる。その一つの証が先ごろサンチャゴで日智経済委員会第22回合同委員会が開催された際、日本の民間企業の代表者が80名以上チリを訪れ、チリ人の仲間と2国間の結びつきを強化したことである。同様に、11月半ばに東京で政府間の2国間経済協議の初会合が開催されたが、その双方にチリの外務次官が出席した。

  −在日チリ大使館提供

インフアンテ在京チリ共和国大使

 


 

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