「アルゼンチン−近年の発展と今後の見通し」
セミナー開催

ロペス・ムルフィ元経済相を迎えて   

 

 2002年2月14日、当事務所は、外務省の招聘で来日中のロペス・ムルフィ ラテンアメリカ経済調査会客員研究員(元アルゼンチン国防相、経済相)をスピーカーに迎え、在京アルゼンチン大使館、(財)海外投融資情報財団と共催でセミナー「アルゼンチン−近年の発展と今後の見通し」を開催した。参加約200名。(後援:国際協力銀行(JBIC)、日亜経済委員会。協力:(財)国際金融情報センター(JCIF)、(社)ラテン・アメリカ協会(LAS)、(社)海外コンサルティング企業協会(ECFA))

 外務省中南米局 福嶌教輝中南米第一課長の挨拶のあと、ロペス・ムルフィ氏の基調スピーチと三菱商事株式会社 伊藤侑徳顧問、政策研究大学院大学国際開発戦略研究プロジェクト担当 大野泉教授からコメントを得たのち、質疑応答を行った。

 ロペス・ムルフィ氏の基調スピーチ概要は次の通り。

アルゼンチン経済危機の背景

 ご存知の通り、アルゼンチンは危機的状況にある。なぜ状況がこれほど悪化したかについて説明したい。

 アルゼンチンは、91年からカレンシーボード制という、非常に特別な通貨枠組みを有してきた。

 アルゼンチンは長い間、経済だけではなく政治の不安定性にも苦しんできた。政治の不安定性に対処するため、80年代半ば以降、政治制度改革に取り組み、法統治と憲法支配を確保してきた。アルゼンチン人のみならず、アルゼンチンとともに働いていきたいと考える人々にとって良い環境を作るために相当の努力を傾けてきた。そうした努力には、80年代、90年代をつうじ多くの国と締結してきた、さまざまな、安全保障、外交の分野での協定も含まれる。我々は、隣国と特別な関係を築いてきた。この地域は、現在、平和で、国境紛争もなく、民族・宗教の問題も存在しない。隣国はパートナーである。平和は国民生活の質の向上に役立ち、投資と成長のための最善な環境を作り上げてきた。国境紛争解決のための協定は、経済改革と同様に重要であった。90年初頭に、我々はアルゼンチンが長期間苦しんできた困難な問題を克服するための抜本的な経済改革を打ち出した。その改革には、ほとんどすべての国営企業民営化、年金制度改正、地域統合(メルコスール設立)を含む貿易政策変更、通貨政策、投資・外貨誘致政策の改正等が含まれる。中でも特に重要だった政策変更が91年に導入したカレンシーボード制である。

カレンシーボード制度導入の理由  

 第二次大戦後、アルゼンチンは非常に高いインフレに悩まされた。45〜74年には年約30%の二桁インフレを、75〜88年には更に高い三桁インフレを経験した。89年7月と90年3月には、各々年率5,000%、21,000%の2回のハイパーインフレに苦しんだ。我々が経験したインフレがどのようなものであったかは、通貨単位からゼロを13個減らす必要があったことからも想像できよう。ゼロ1個の削除は、それだけで1,000%のデノミを意味している。

 こうした状況に対処する唯一の方法は、非常に厳しい緊縮金融政策である。そのための方法としてカレンシーボード制を導入した。カレンシーボードは、他に香港の例などはあるものの、多くの国が採用している制度ではない。しかしながら、アルゼンチンでは長期にわたるインフレの結果、すでに極端な通貨代替(外国通貨建てによる経済取引)が生じていた。このこともあり、ドルとペソを1対1とする通貨制度を採択した。

 この通貨改革は予想以上の成果をあげた。2〜3ヶ月でインフレは終息した。また、金融政策のための良好な環境作り、資本市場の構築につながった。カレンシーボード制採用後8年間の成果は大きかった。経済は急成長を遂げ、安定し、多額の外資をひきつけることができた。しかしながら、我々は、当初から、カレンシーボード制はインフレや金融安定に対処するには極めて有効であるが、(金融面ではない)実体経済上のショックに対処するには不適当な制度であることを知っていた。実際、90年代後半に実体経済の危機が発生した。

 ところで、カレンシーボード制が成功するためには4つの重要な要件がある。

 @注意深い財政政策−財政黒字を維持する必要がある。良いときに余剰を貯めておき、悪いときにそれを活用できるようにしておく必要がある。しかしながら、実際には、アルゼンチンの財政は大きな赤字こそ出さなかったものの、黒字となることも無かったので、危機に対応できる余裕を生み出さなかった。

 A柔軟性−柔軟性は、一般には、労働市場や倒産法制、あるいは異なる環境に企業が調整していく能力に関して議論される。たとえば、アルゼンチンの労働法は柔軟性を有している。信じようと信じまいと、アルゼンチンにおける名目賃金は三年間低下してきた。しかしながら、カレンシーボード制にとって最も重要な柔軟性とは、必要なときに名目公的支出を縮小させることができるか否かである。注意が必要なのは、実質ではなく、名目で縮小できるか否かである。ところが、実際には、一旦拡大した名目支出を縮小することは大変難しい。この点でもアルゼンチンは失敗した。

 B開放経済−アルゼンチンの貿易依存度は低く、経済が十分開放されているとはいえない。こうした経済にショックが発生した場合、海外との関係を緩衝材料とすることができない。アルゼンチンは、ショックのすべてを国内で吸収せざるをえず苦しむこととなった。

 C強固な金融システム−カレンシーボード制には最後の貸し手が存在しない。金融危機が発生しても金融市場に信用を供与することができない。したがって、金融システムもいざというときの余裕を考慮に入れたものとなっている必要がある。でないと、実際にショックが起きた場合、困難な状況に陥る。アルゼンチンの銀行システムは、預金の20%を流出したにもかかわらず長期間そのシステムの開放を維持し得た。これは一般的には成功事例といえると考える。しかしながら、一回毎の地震には十分耐えうる耐震構造を有する建物も、地震が間をおかず連続すればついには倒壊することがあるように、アルゼンチンの金融システムも連続するショックに耐えうるほど強固なものではなかった。

アルゼンチンの犯した過ちと不運  

 上記の4つの要件に鑑み、アルゼンチンは主として二つの過ちを犯したと考えている。

 @為替制度と整合しない公的歳出拡大−90年代にアルゼンチン経済は45%拡大したが、公的支出はそれ以上に(100%以上)増加した。経済規模の拡大とバランスを欠く公的支出の拡大は、競争力、雇用、輸出、収益に問題を生じる。アルゼンチンはこれら全ての問題に苦しみ、特に90年代最後の時期に最も苦しむこととなった。

 A財政管理の悪さ−カレンシーボード制の場合、経済状況が良い時に財政黒字を貯えておく必要があることはすでに見たとおり。アルゼンチンは、90年代に資本市場、制度が正当化できる以上の赤字を出した。この年代の全ての期間を通じて我が国の債務は増え続けた。貿易が良くても、また経済成長率が高くても債務を増加させた。生じた財政赤字と多額の債務は対外ショックに対する調整能力上大きな負担となった。

 これら二つの過ちは極めて重要であり、我が国自らの責任であったと考える。その他、我々がカントリーリスクの動向に十分注意を払わなかった点も反省として指摘しておきたい。すなわち、90年代を通して、我が国債券と米国財務省証券とのスプレッドは、EUにおけるマーストリヒ条約の最大許容範囲150bp(ベイシスポイント)よりもずっと大きかった。これは財政を黒字にする必要があるとのシグナルであった。格付会社の格付けの動きにも十分注意を払ったとはいえない。アルゼンチン債が投資適格になったことはなかった。

 同時に、アルゼンチンの運が悪かったことも事実である。我々は、相互に関連する4回のショックを経験した。

 @まず97年末のアジア危機である。これにより一次産品価格が大幅に低下した。我が国は天然資源が豊富で、様々な一次産品を産出している。これら一次産品の輸出価格が高ければ何の問題もないが、残念ながら価格は下がった。我が国にとっての不運である。我々の隣国は、輸出一次産品価格の低下を為替レートの調整で補うことができるが、我々はカレンシーボード制を採用しているので、同様のことができない。国際価格の低下はデフレに直結する。日本型のデフレでは、通貨供給量を増やせば、いずれ物価が上昇し、デフレはなくなる。しかしながら、アルゼンチンには最後の貸し手もいない。対外価格の低下により自動的に国内価格が低下、国内経済規模も縮小するという病理的な現象に陥ってしまう。

 A二つ目のショックは、ロシア危機である。その結果、国際資本市場が縮小した。新興市場にとって、海外資本市場からの資金調達(借入れ)が困難となった。スプレッドの拡大による資本調達コストの上昇は、金利負担を増加させ我々の苦しみを大きくした。

 Bこれら二つのショックを受け、ブラジルが99年1月に変動相場制に移行した。ブラジル通貨の低下は、ブラジルの国内価格水準をアルゼンチンの価格水準の半分に引き下げることとなった。アルゼンチンの景気後退はブラジル通貨が切下ったその時期に始まった。これが第三のショックで、アルゼンチンの開発にとって極めて悪い材料となった。

 Cユーロに対してドル高になったこともショック要因であった。ヨーロッパは、アルゼンチンにとってメルコスールに次ぐ大きな輸出市場である。ユーロがドル、したがってペソに対して安くなったことは、アルゼンチンの輸出競争力を弱め、アルゼンチン経済に大きなショックを与えた。

 すべてのショックが、アルゼンチンにとって厳しいものであった。

 以上みたように、アルゼンチン経済が危機に陥った第一の理由は、我々が政策の枠組みで過ちを犯したことである。ショックが起きても緊縮財政政策をとることができなかった。第二の理由は、相互に関連性がある外的ショックが連続して起こったことである。その結果、我が国の経済成長率に悪影響が生じ、98年までの急成長以降、成長率は低下する一方であった。また、GDPの下落に伴い、債務規模が名目でも実質でも膨れる一方であった。我が国はこの様に危機に陥っていった。

 カレンシーボード制度から自由変動相場制度への移行  

 我々の問題を理解する上でもう一つ別の重要な点を指摘したい。91年に通貨を固定する際に米ドルを選んだ点である。29〜89年の60年間の米国(ドル)のインフレ率は年平均4%であった。60年間を通算すると計1,000%となる。第二次大戦の後、ドルはドイツ・マルク、日本円に対して通貨切下げを行っている。その結果、ドルはいわゆるソフト・カレンシーとなったと我々は認識していた。種々の通貨について国内インフレ率を比べてみるとドルの減価率の高さが明白となる。さらに、90年代初頭の時点において、米国の財政赤字は非常に巨額であった。我々は、ドルは弱くなると予想した。ところが我々の予想は過りであった。クリントン大統領は、3,000億ドルの財政赤字を2,000億ドルの黒字に転換させた。ドル通貨は予想に反して大変強くなった。この強い通貨をアンカーにしたことが、90年代末に我々が直面した大きな問題に繋がった。

 公的債務が膨れ上がったことから、2001年には、市場における信頼性(信認)の問題も深刻化した。国債の格付は下り、スプレッドが拡大していった。2001年において、我々は、さらにいくつかの過ちを犯した。@中銀(金融当局)の独立性の変更、A債券を発行し銀行システムに押し付けたことなどである。これらが、最終的に我々の金融システムに影響を及ぼし、また、信頼性に対する危機を引き起こした。一度この様な状況に陥ると預金の引出しが起こる。預金引出しに対処するための与信引締強化は、最終的に、前述のショックに伴い生じた景気後退を最悪化させることになった。アルゼンチンの銀行システムは相当大きな預金引出しに対応する能力を持っていたが、最終的には、システム全体が危機的状況に直面し、政府による預金凍結の事態となった。預金凍結により経済状況は更に悪化し、社会的、政治的、制度的な問題を引き起こし、これがデラルア大統領の辞任と約15日の間に5人の大統領が交代する直接の原因をもたらした。

 以上みたように、今回の危機は、@政策整合性の欠如、A外的ショック、B2001年に犯した我々の過ちといった要因が複合して起こったと考えられる。そして、危機にさらされたときに秩序を維持できなかったのが大きな失敗であった。

 2001年12月の苦しい状況から、2002年に入って、政府は、カレンシーボード制を廃止し、自由変動為替制に戻ることを決めた。これはアルゼンチンにとって大変厳しい決定であった。カレンシーボード制が金融安定の要であったのみならず、ドル建て債務問題を抱えているからである。我々の金融システムにおける債権債務の主要な部分はドル建てである。アルゼンチンの危機は、ブラジル、チリ、メキシコ、タイのような単なる通貨切り下げにとどまらない。アルゼンチンでは、通貨切り下げは金融システムにおけるほとんどすべての取引契約を破ることを意味しているからである。これにどう対処するかは、大変むずかしい課題である。目下何とかこれに対応して行こうとしている。

 我々は、これまでカレンシーボード制の下で明確なゲームのルールを有していた。今、我々は、制度全体の新しいゲームのルールを決め直さなければならない。金融制度、金融機関、予算政策、債務政策すべてについて再構築の必要がある。通貨下落、デフォルト、景気後退、失業、社会的対立、制度面の困難、これらすべてが重なったのが、現在我々が直面している危機である。問題の難しさが想像できよう。

今後の展望   

 幸いにも自分は現在、政府ではなく野党の一員である。しかしながら、私も、アルゼンチン人の一人として話す必要がある。我々の苦しみは大きいが、犯した失敗を是正し、我々の決めた事項は守らなければならないと考える。我々は軌道を踏み外してしまった。今、新しい軌道に乗せることを試みているところである。これを成功させるためには、国際機関との合意がまず必要である。そのためには、一貫性のある経済計画が不可欠である。一貫性ある計画と国際機関の支援なしには、我々は債権者、債券保有者との交渉ができない。このプロセスは長くかかると予想されるが、慎重に行わなければならない。その際、国際社会の一員として国際的なゲームのルールを尊重しなければならないことは言うまでもない。

 アルゼンチンは、皆さんの信頼を回復するために最大限の努力を払うことを強調したい。そのためには、今後、適切な実質為替レート、輸出主導型の経済成長、対外債務からの脱却、緊縮通貨・財政政策を確保していく必要がある。これらの政策を推進する一方、国際機関の支援を得て国際社会のルールと合致する債務の調整を行い、これまで犯した過ちと失敗を正す以外の選択肢はアルゼンチンに残されていない。

 我が国の状況について十分ご理解頂き、是非とも我々の犯した過ちを許して頂きたい。

 

 


 


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