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IDBダイアローグ
「ラ米の競争力」、「ラ米経済・社会の展望」 |
2001年10月30日、当事務所は、(財)海外投融資情報財団の共催、国際協力銀行の後援を得て、「IDBダイアローグ」を開催した。スピーカーは、米州開発銀行調査局プリンシパル・アドバイザーで、「中南米経済社会発展年次報告書」(略称IPES。米州開発銀行が、毎年、開発にちなんだテーマを選んで作成している報告書)の、執筆・編集責任者であるエドゥアルド・ロラ。前・後半の二部構成で行い、前半部テーマは、2001年版IPESのテーマ「ラ米の競争力」。後半部では、「ラ米経済・社会の展望」をとりあげた。(参加者約150名。協力:(財)国際金融情報センター、(社)海外コンサルティング企業協会、(社)ラテン・アメリカ協会)
エドゥアルド・ロラによる講演の概要は次の通り。
I. 「ラ米の競争力」
(1) ラ米の競争力
ラ米の競争力が劣っている証拠が色々とみつかっている。競争力は、民間企業が活動し成長するための環境がどれだけ整っているかによって異なってくる。今年の報告書は、どのような環境がラ米の競争力を劣ったものにしているのか検証することをテーマとした。
経済成長率を例にとってみよう。ラ米における80年代の一人当たり実質GDP伸び率はマイナスであった(失われた10年)。90年代もアフリカ、中東を除く途上国や先進国のそれを大きく下回っている。また、先進国、東アジアとの所得水準格差は拡大の一途を辿っている。生産性(全要素生産性)は、90年代にもマイナスで上昇していない。その結果、貧困層数はむしろ増加している。特に、貧しい国ほど生産性の落ち込みが大きい。すなわち、生産性向上のための環境が整備されていないと言える。World Economic Forumの2001年版競争力インデックスをみると、中南米中位国の位置は、全75ヶ国中54位と他地域に比べて低い。競争力と所得レベルの相関関係をみると、一般に、富める国は技術力もありグローバル・スタンダードに沿った商品を生産し易く、所得指数も高い。ラ米にも、チリ(27位)、コスタリカ(35位)、トリニダッド・ドバゴ(38位)のように競争力が高い国が存在する。しかしながら、ラ米諸国は、一般的に、所得水準の割に相対的に低い競争力ポジションしか得ていない。すなわち、所得水準からみて妥当な順位を下回っている国が多い。チリは、所得水準からみて例外的に高い競争力順位を得ている。コスタリカは妥当な順位にある。ラ米では、経済規模の大きい国々が特に所得水準に比べて低いランキングにある。中でもアルゼンチン、コロンビア、ベネズエラなどではかい離が大きい。相対的な競争力とひとりあたりGDP伸び率との相関関係から潜在的成長力が推定できる。この推定によると、潜在的成長力がもっとも高いのが中国で、ラ米諸国の潜在成長力は全般的に低い。
企業規模は、企業の拡張や成長に好ましい環境が存在するか否かを示す指数となると考えられる。各国ごとにその国で最も資産規模の大きい25社をとってその平均資産規模を比べると、ラ米の大企業は、先進国の1/12でしかない。これは、先進国や東アジアの大規模企業に比べて小さ過ぎる。経済規模からすれば、例えばアルゼンチン、コロンビアでは、本来、最大企業の規模は現在の3倍以上あって良い。これは、何らかの競争力阻害要因が存在するからと推定される。
ただ、ラ米の競争力が全ての面で問題を抱えているわけではない。例えば90年代のラ米諸国の輸出競争力は全般に高い。特に、メキシコ、ドミニカ共和国などは非常に高い輸出の伸びを示した。また、ハイテク製品輸出が増えていることが注目される。90年代に入って、海外直接投資(FDI)流入額も大幅に増えている。経済規模に比べてラ米のFDI受入は大きく、その流入額は先進国に次いでいる。
(2)競争力の阻害要因
@与信−与信の欠如が相対的に競争力の低さにつながっている。99〜2000年に世銀とIDBが世界73ヶ国(ラ米は20ヶ国)で実施した企業アンケート調査によると、ラ米で、事業の妨げとなっている最大の障壁は資金調達の困難さであった。3社のうち1社が資金調達こそが企業成長の抑制要因であると述べている。ラ米においては、金融部門改革・自由化により、銀行民営化、金利自由化が進み、準備率要件も緩和された。すべての国で自己資本比率規制が採択され、監督体制も強化された。その結果、民間与信の可能性が拡大した。しかしながら、実際には、いまだに民間企業に対する与信額は少なく、十分ではない。ラ米における与信額は、先進国、東アジアのほぼ1/3にしか達していない。所得水準からみて妥当と思われる国内信用/GDP比率と実際の比率との間に大きなかい離がある。特に、ベネズエラ、アルゼンチン、メキシコなどでそのかい離が大きい。すなわち、与信市場はまだまだ未発達である。その背景には、債権者保護が弱いことがある。たとえば、担保にできるものに制約があり、回収も困難である。司法手続きには時間がかかる。加えて、法律が頻繁に変更され、強制執行も、不十分か全くなされない。こうしたことが中小企業への貸し渋りにつながっている。裁量・解釈の余地が大きい大陸法に乗っ取った法体系の国が多いことも影響している。例えば、英国法の法体系を持つトリニダッド・ドバゴ、ベリーズなどは債権者の保護が比較的行き届いていると考えられる。債権者の保護を強化して国内における対民間信用を拡大させることが競争力強化に不可欠である。
A人的資源−ラ米の教育普及速度が遅いことが問題である。平均就学年数はラ米においても改善している。しかしながら、先進国、東アジアに比べ、その改善速度は遅く、60年以降これら地域との格差が縮小していない。東アジアでは、教育が伸びているからこそ新しい技術を導入し、生産性を向上させることができる。ラ米では、労働者の多くは低賃金部門で働いている。しかしながら、これらの部門における国際的なコスト競争は厳しい。ラ米の労働コストは比較的高い。富める国の労働基準を援用し、企業の社会保険負担が大きいこともその要因となっている。特に、アルゼンチン、コロンビア、ブラジルで問題が大きい。コスト軽減のためには、給与支払に対する税金と社会保険負担を減らす必要があるが、その実行は容易ではない。たとえば、個人拠出額と便益の関係をより明瞭なものとするために、社会保険により提供される便益の水準を引き上げ、拠出インセンティブを持たせるなどの方法が考えられる。もう一つの主要なコスト要因は、解雇にともなうコストである。解雇時に支払う必要がある退職金(補償金)はボリビア、ペルーなど多くの国で高い。これを見直し、従業員を解雇した企業に全面的に負担させるのではなく、従業員自らによる退職積立制度を設けさせる方法が考えられる。労働生産性に対する障害を取り除くためには、やはり教育・訓練の強化が重要である。就学率に比べて、ラ米では早期ドロップアウト率が高いことが大きな問題である。その対策として、給食を与えるなど子供を学校に通わせることのメリットをよりわかりやすいものとしていくことや、利用者のニーズに合った教育システムを構築していくことが必要である。中央集権的な訓練システムはコストがかかるだけでなく非効率的である。弊害を取り除くため、学校卒業後就労までの移行をスムーズなものとする教育方針の採用、民間訓練を促す税制の採用などが考えられる。
Bインフラ−ラ米は民営化が世界で最も進んでいる地域である。しかしながら、インフラ整備の水準は、その所得額と比較すると国際水準を大きく下回っている。国別では、所得水準に比べアルゼンチンの遅れが大きい。80年代の経済危機の影響でインフラ投資が大幅に削減されたことが大きく影響している。民営化が最も成功を収めたのは通信分野である。電話回線数が増加し、回線待ち期間が減少、サービスの質も向上した。通話量の年々の増大に対応した整備が進んできた。ベネズエラ、コロンビアなどの回線数は、所得水準に鑑みれば国際水準に達している。しかしながら、助成がなくなった結果、電話代が高くなった、市場の独占化が強まったなどの問題も生じている。先進国との大きな格差も残ったままである。電力の民営化は、各国で状況が異なり、ばらついた結果が出ている。課題も大きい。メキシコでは民営化がほとんど行われておらず、事実上国家独占のままである。いずれにせよ、民営化だけでは十分ではなく、競争原理の導入が重要である。そのためには、独占による供給側の力の乱用を規制することが必要である。ほとんどのラ米諸国では、民営化開始の時点で規制当局の独立性が確保されていない。民営化に際しては、その国の機関・人的資源能力に応じた適切な規制を採用する必要がある。
C新技術への適応力不足−新技術は、ラ米諸国の競争力阻害要因とはなっていないと思われる。人口当たりインターネット・ホスト数は、先進国に次いでラ米が多い。人口当りコンピューター数も先進国、東欧に次ぐ。インターネット普及率は国によってばらつきがあるが、アルゼンチン以外の国では、所得水準からみた潜在普及率を実際の普及率が大きく上回っている。ラ米における初期段階の情報技術導入は迅速であった。その理由として、市場の自由が享受され、新技術へのアクセスが早かったことがあげられる。企業家(経営者)の教育レベルも高い。比較的大きな国で最新の通信システムが根づいていたこともある。しかしながら、今後の進展はより厳しいかもしれない。企業家レベルでは、教育水準が高いがそれ以下のレベルでは低いからである。訓練の仕組みもダイナミズムに欠けている。将来を見据えたシステムが必要である。また、中小企業の資金ニーズが満たされていない。知的財産権の保護も弱い。起業に対する障害が大きく会社設立も容易ではない。会社設立に要する手続きは11(先進国では2〜3)に達し、設立に要する期間も長い。新会社設立にラ米政府が大きな障害を与えていることに問題がある。新技術採用の促進には、主要な障害に的を絞って取り組む戦略が必要である。新規事業設立の障害を取り除き、教育・訓練、金融、知的財産権の充実を図ることが必要である。同時に、R&Dやハイテク産業の集積を容易にする環境作り、近代的な産業・投資政策の実施が必要である。ただ、留意して欲しいのは、補助金政策は採用すべきでないことである。
Dまとめ−競争力強化のための課題として、信用市場の改善(債権者保護の強化)、人的資源の活用(給与支払に対する税金の削減、採用・解雇条件の緩和)、教育・訓練の充実(ニーズに合ったシステム作り、中央集権的なシステムの是正)、インフラ整備(民営化後の規制を独立性の高い効率的なものにする)等が挙げられる。
II. 「ラ米経済・社会の展望」
1. 全般的概観
2001年を通じ、国際商品(石油、農産品、鉱物等)の価格が低下し、ラ米の輸出が大きく悪影響を受けている。92年以降30%程度値下がりした農産品輸出価格のような例もある。金融面では米国の金利が下がっているにもかかわらず、ラ米の資金調達コストが上がっている。ラ米諸国に対する金利スプレッドが拡大し、97年に比べて5%以上資金調達コストが上がっている。スプレッド拡大は、特にアルゼンチンに顕著であるが、アルゼンチン以外のラ米に対するスプレッドも800bp(ベーシス・ポイント)程度に上がっている。国別スプレッドの動向を見ると、各国マーケットの差がはっきり出てきている。各国スプレッドは、2000年の中頃まで、ほぼ同レベルで推移してきたが、それ以降、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラ等が上昇を示している。メキシコは他の国から離れて低位に留まっている。資金調達コスト上昇に伴い、ラ米に対する資金流入は98年を境に減少している。98年には1,000億ドルのオーダーで流入があったが、現在はその半分程度に落ち込んでいる。その主な原因は、ポートフォリオ投資の流れが逆行し始めたことにある。98年までは年間250億ドル程度流入していたポートフォリオ投資が、それ以降、流出し始めている。99年まで順調に上昇してきた海外からの直接投資は、2001年に入っても堅調を維持してきたがその額は99年に比べ下落している。国際環境が金融面、貿易面で劣化していることから、経済成長もその影響を受けて低下している。ラ米経済は、98年第3四半期から99年第2四半期にかけてマイナス成長のリセッション期の後、2000年第1四半期までは回復がみられた。しかしながら、2000年の第2四半期から、プラス成長ながらも失速している。来年も同様に難しい年となると見られている。2002年についての大方の経済成長見通しは、良くて2%程度へと落ち込んできている。各国とも財政余力がないので、財政支出を増やして景気を刺激する余地がない。ラ米各国は、公的債務額が大きく、税収額は小さい。対外収支面でも、改善のみられる国もあるものの、多くの国でGDP比経常収支赤字が大きく、近年主な資金源となってきた海外からの直接投資流入も必ずしも安定的ではない。マクロ経済指標が良く、競争力のあるチリでさえも資本流入額が落ち込んでいる。
ラ米諸国は、経済調整を為替と金利の二つに依存している。ブラジル、チリ等の為替は大きく低下している(2001年に入り、ブラジル45%の低下。チリ25%の低下)。他の国々は、為替レートの変動はさほどではないが、金利引き上げを行っている。このことで海外資金流入を図っている。ブラジルは為替と金利の両方に依存している。為替が固定されているアルゼンチンは後者である。いずれにせよ、国際環境の悪化がもたらした問題に対応してラ米諸国が取りうる手段は限られている。短期的に有効な手段は取りえても、長期的舵が取りにくい状況にある。
以下、ラ米で特に懸念となっている個々の項目について見解を述べたい。
2. アルゼンチンのゆくえ
アルゼンチン経済に対する市場の見方は大きく変化した。2000年第 1四半期における市場の見方と現在の見方を比べてみよう。2001年のアルゼンチン経済についての成長予測は、2000年第1四半期時点では4〜5%であったが、現在では△1〜2%に低下。債務スプレッドは、1年半前には575bp(ベーシス・ポイント)までであったが、今は1,800bpを超えている。国内ペソ建てプライム・レートも13%から36%へとほぼ3倍になった。S&Pによるクレジット格付は、この間、BBからCCC+に落ちている。この様な大きな変化の背景には、アルゼンチン経済に対する次のような一連のネガティブ・ショックをあげることができる。ブラジルの通貨切り下げによる競争力低下、農産品等価格の下落による交易条件悪化、99〜2000年の米国金利引き上げ、ドル高、国内政治問題(連立政権の混乱、汚職スキャンダル、政治的硬直状態から法案の議会通過・採択が困難)である。これらの要因がアルゼンチンは財政的に維持可能ではないのではないかとの懸念をもたらした。市場は、アルゼンチン政府は必要な調整策を取らないのではないか、あるいは、国際金融機関による支援が行われないのではないかとの過剰反応を示した。実際には、政府は種々の財政調整策を発表し、国際金融機関による支援も行なわれ、それは誤った過度の反応であったといえる。しかしながら、これらの措置が取られるまでの間に経済状況が一層悪化し、更なる財政調整が必要となる悪循環に陥ったという意味では、調整策が、「遅く、小さすぎる」ものとなったとはいえよう。弥縫策(びほうさく)ではない何らかの抜本的解決が要求されている。巷間言われる選択肢は次の四つであろう。@通貨切り下げによる競争力の回復、Aデフォルト宣言と債務削減交渉、Bドル化、C債務の脱ドル化(国内消費者物価指数に連動させることを条件に、ドル建て債務をペソ建てに切り替える。通貨切り下げが行われても債務負担が増加しない。)である。しかしながら、いずれも、大きなマイナス面も抱えている。いずれも、単独で問題を解決することは困難であろう。自発的なデッド・スワップを求めることで、債務のリストラを図るとのアルゼンチン政府の意向が伝えられている。新規ボンドは保証をつけて金利を引き下げるとされている。政府は国際金融機関の支援も期待している。アルゼンチンが追加的金融支援を必要としていることは明白だろう。景気回復策も不可欠だろう。今後の推移を注視していきたい。
3. マクロ規律が崩壊するか
この問いについては、「決してない」と強く反論したい。確かに課題は大きい。しかしながら、ラ米にとって、危機は今回が初めてではない。財政赤字は、危機にもかかわらず減少している国もあり、総じてコントロール下にある。かつてと異なり、ラ米のインフレはコントロールされている。大幅な通貨切り下げを経てきたにもかかわらず、ほとんどの国で物価上昇は年率10%以下である。FDI(海外直接投資)を中心とする、海外からの資金をひきつけるためには、マクロ経済規律が必要不可欠な条件であるが、ラ米諸国はこのことをしっかりと認識している。
4. 改革路線に反動があるか
これについては条件付で「ない」と答えたい。90年代のいくつかの危機にもかかわらず、ラ米における改革路線は継続している。われわれが1997年版のIPESの分析で採用した、各分野における改革の進行度を計る指標を使っても、以前ほどのペースではないにしろ、各国における改革の継続を読み取ることができる。国によっては、多少の微調整、例えば、センシティブ品目に対する関税引上げ、問題をかかえた産業分野に対する優遇税制、一部生産者、消費者グループに対する特別信用枠などがみられたが、改革路線に大きな変更はみられない。ただ、人々の経済の現状に対する満足度は十分ではなくフラストレーションが強いのは事実である。国によっては、80%の人が現在の経済状況を「悪い」ないし「極めて悪い」としている。経済状況の比較的良いチリにおいても、国民の60%が同様に答えている。しかしながら、アルゼンチン問題の解決が長引いて危機が他国に伝播しなければ、また、早期に米国経済が回復しラ米各国に新たな貿易機会が開放されるならば、大きな揺りもどしはないだろう。
5. 民主主義が危険にさらされているか
確かにリスクにさらされているとは言える。ラ米の人々は民主主義に多くを期待している。その結果、民主主義の成果に対して、「不満がある」または「非常に不満がある」と答える人が多い。民主主義そのものに対する不満は大いに憂慮すべきである。民主主義を最善の政府形態とは思わない人が少なからずいることも深刻である。ラ米は、今、岐路にある。2001年に続き2002年も難しい年だろう。ほとんどの政府は、マクロ経済の安定と改革に強い決意を示している。しかしながら、長期的な景気低迷に対処する手段に欠けている。こうした状況下で、国際経済環境と政府のリーダーシップが鍵となると考えられる。
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